
2025年11月29日(土) 千葉県立美術館を楽しもう!!
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天気も良く、千葉みなと駅から海が見えるルートを歩き千葉県立美術館に向かいました。海がきれいに見渡せ、ちょっと小旅行に来た気分になりますね。東京駅から1時間もかからないですが、非日常の空気感にそっと何かが解放されたような気持ちになります。
千葉県立美術館に到着し、美術館の皆様にお出迎えいただきました。まずは、美術館建築について、ボランティアの方から丁寧なご説明をいただきました。 |
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| 建築を手がけた大高正人氏は、前川國男氏の設計事務所に入ったのちメタボリズム建築を提唱していきます。 この美術館もその思想を反映しており、展示室のつながり、また彼の作品ならではともいえる「傾斜屋根」を存分に堪能できる空間です。 美術館としてみても、とても贅沢な設計となっており、作品がのびやかに佇んでいるように感じられます。 |
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一つ一つの展示室や講堂の特徴を解説いただきながら、じっくりと見学し、中庭に出て、傾斜屋根を外側からも見学いたしました。 その後、開催中の企画展「オランダ×千葉 撮る、物語る ーサラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ×清水裕貴」展を、学芸課長の廣川暁生氏の解説と一緒に見学いたしました。 |
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この展覧会は、まず清水祐貴氏の展示からスタートしていきます。松戸にある戸定邸に隠居した徳川昭武の記録や写真からインスピレーションを得た写真作品や、フランスのバルビゾン派の風景画など、「風景をどう切り取り記録(作品に)するか?」が通奏低音のようなテーマとして私たちに問いかけてきます。
写真の技術やカメラの性能というところも、もちろん興味深いですが、カメラや写真技術の誕生までは、「絵画」で、それ以降の時代は「写真」で、風景や人の営みを切り取り残していくという「風景画」「風俗画」的な在り方は、作家自身のモチベーションとしてはあまり差異がないのかもしれない・・・と感じました。 |
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最終的な作品のカテゴライズで、やれ絵画だ、写真だ・・・という分け方をする場合も多いのですが、この展覧会に関して言えば、それはもしかしたら無意味なことで、作家自身が「この風景を残したい!」という熱意や衝動が、絵を描かせ、写真を撮らせたのだろうな・・という感じがします。
また、オランダの作家、サラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウの写真作品も、とても素晴らしく、久しぶりに写真作品の美しさや面白さを存分に感じました。何よりも、美術館の空間がとても大きい(高いところの天井は8mとか。)こともあって、写真作品自体が自由を感じているようにも思えてきます。 |
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この現代において写真の「加工」は無限に可能です。そんな中で、今回の作家たちは「加工しない」ということに拘り、作品制作をしたとのこと。見れば見るほど「それは本当か?」と思ってしまうような、偶然性の強いものだったり、そのチャンスをどれだけ待ったんだろうな・・・と思うような作品だったりと、「加工をしない」からこその作品のクオリティの高さに唸るものがありました。
それにしても、日常の風景を「切り取る」ということは、昔から行われてきたと思いますが、カメラの誕生以降、表現の仕方に多様性が生まれたのだな・・と思いますし、特にカメラはもう、スマートフォンに組み込まれ、私たちにとってかなり身近な存在になりました。
しかし、作家が「作品」として表現するものとしての「カメラ・写真」という存在は、より難しいものになっているのだとも感じます。今回の作家さんたちの直球勝負ともいえる、写真作品は、その構図や偶然性のすばらしさも相まって、すごいインパクトをいただけたような気がします。
個人的には久しぶりに良質なキュレーションの展示を見たな・・・という気持ちになりました。 |
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同時開催の「千葉県立美術館コレクション×写真」でも、昔のカメラの現物や、千葉を記録した写真や日記などの展示があり、当時の作家さんたちは「カメラ」という存在に魅了されつつも、自分なりの視点というものを文字の記録としてしっかり残しており、構図のアイデアなどに活かされてゆくのだな・・と作家さんの作品作りのプロセスというようなものを知ることができました。
要素の多い展示内容ではありましたが、解説いただいたおかげで、理解も深まり展覧会のテーマをしっかりと感じることができました。 ご尽力いただきました千葉県立美術館の学芸員・ボランティアの皆様に改めてお礼申し上げます。 |
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